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ふりかけ

ひらめきは、ふとした瞬間に訪れるものである。本日、とある男がひらめいたのは、レンジで暖めたてのご飯にふりかけをかけたときである。

ふりかけたときに男は思った。ふりかけって、薬と似てるよなぁ。このひらめきを何か応 用できないか?

男の思考が回転し始めた…。


男はまず、共通点を頭の中で整理し始めた。ふりかけは瓶に入っているものではないことを断っておこう。男が使っていたのは丁度一回分に適した量だけ小さな袋に袋詰めされているふりかけであった。ふりかけは、ご飯の準備が整ったときに一袋だけとりだし、開封したのちにご飯にかけて食すという手順をとる。薬は粉薬を想像していただければよい。薬も、準備ができたら一回分だけ取り出して、開封し、オブラートの上に乗せてから飲むのだ。なんたる共通点! それぞれの目的は違うものの、起こしているかなり行動は共通しているように思えるではないか。

しかし、その共通点に驚くと同時に、行動者の内面では絶大な心理的差異が生じていることに気がつき、男は愕然とした。ふりかけの場合、なるべくふりかけがご飯にまんべんなくかかるように注意するものだ。さらには、これから食するご飯の味に胸を膨らませ、おそらく口内に唾液など分泌させているであろう。それに対し、粉薬をオブラートに乗せるときには、これから粉薬を飲むということに由来する不安感、焦燥感、緊張感などによって、口の中はカラカラになっている。

嗚呼、何たる違い! 外見上は、全くと言っていいほど同じ行為をしているのに、手中の物がふりかけか粉薬であるかの差だけであるのに、行為者の心境はこうも違うものか!


貴方は「だからなんだ」とおっしゃるかもしれない。そう、世間はいつもそうなのだ。ひらめき自体に価値は認めないのだ。ひらめきから生み出された結果が素晴らしいものであって初めて賞賛するのだ。そのくせ、語りぐさにするときは、ひらめきの方に重点を置くのである。おっと、そんな小言はどうでもよかったのだ。大事なのは、ふりかけと粉薬における共通点の応用方法である。

男は、ふりかけで粉薬のマイナス部分を解消する方法を思いついたのだ。いや、マイナスを解消するどころか、プラスにまで転じさせることができるかもしれない。それほどまでの名案だったのである。

まず、粉薬の外装をふりかけみたいにする。ふりかけ業界No1の永谷園とでも提携すればよい。子供向けには、ポケモンふりかけみたく、ポケモン粉薬を作ればよい。年輩向けには、NHKと提携して朝の連ドラ粉薬でも作ってやればよいだろう。こうすれば、ふりかけのように、薬をご飯にかけて飲めば、憂鬱さもなくなり、幸せに薬を飲めるようになるってなもんだ。え?なに? 薬には食前・食後などの時間制約があるじゃないかって? いいや、簡単さ。次のように注意書きしておけばよい。食前なら「必ず最初にお召し上がり下さい」、食後なら「必ず最後にお召し上がり下さい」、食間なら「3時のおやつにどうぞ」と。これで、薬を飲む時間も正確に保たれることは言うまでもない。

もちろん、この「ふりかけ薬」には、いろんな味をつけておく。こうすれば、薬を飲むのが楽しくなる。ふりかけのように選べるのだ。楽しいではないか。多少のリスク---食間・食後なのにご飯を食ってる、食前なのに食べ始めてる、という矛盾---はあるものの、薬を全く飲まなくなってしまうよりかは、効果的であるに違いない。

以上が、男のすばらしい発見である。これがあれば、世界中の薬嫌いの人を救うことが出来るのだ。


男の思考が終わった。現実に戻った男の目の前には冷めたご飯があった。折角レンジでチンしたご飯が冷めてしまったではないか。男は不快に感じ、電子レンジに向かって歩き出した。席を立ったとき、彼は思った。「あれ? なんでこんなに時間がたってしまったんだろう。なに考えてたんだっけな?」 世界を幸せにするはずのその名案は、発明者を不幸せにしてすぐにこの世から消え去ったのだった。

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